冬のご馳走 ビタミンD


        東スイスでは最も有名な山、センティス↓
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11月も中旬になれば標高2500の山頂では、もう凍えるくらい寒い。

ところがこの年の11月14日は、風もなく穏やかな日差しがセンティス山頂に降り注いでいて、夫も私も存分に日光浴をたのしむことができた。

霧の日の多い晩秋から冬にかけてのチューリヒでは、日光不足に陥ることも少なくないのだ。この日の山頂ではビタミンDが何よりのご馳走だった。

行きも帰りもロープウエイを利用。


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センティス山頂からの眺望
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撮影:2018/11/14




2020-10-28 07:07 : スイス二人旅 :

恐ろしいスピードで後退して行く山岳氷河

我々夫婦がグラウビュンデン州にある、このモルテラッチ(Morteratsch)氷河を訪れたのは2013年の9月23日。今から7年前だ。

ここ数年は加速する温暖化の波に引っぱられて、スイスの氷河はこれまでにないほどの勢いで融解し続けている。

この氷河の末端(スイスでは「ツンゲ(舌)」と呼んでいる)も、今ではこの写真よりもずっと後退しているはず。


写真の↓手前の辺りは、数十年前までは氷河の末端だった。


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【多くの氷河が急速に後退し、その後に露出する荒れ果てた土地には確実に植物遷移の最初の兆候が見られた。

気の遠くなるような時間をかけながら、いくつもの植物の世代が交代し、いつかここに森が出現する。

そして同時にもっと長い地球的な時間をかけながら、陸地は少しずつ狭まっている。

僕たちは今、海が満ちてゆく時代に生きているからだ】

(星野道夫・著『イニュニック《生命》』より引用)



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                      ↑人が二人、見えるだろうか? 

彼らは融解しかけている氷河の末端(舌)の部分に立っている。氷河は土砂も押し流してくるので、この「舌」の部分には特に土砂が多く混じっている。






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(今日の写真はすべて2013/09/23撮影)





2020-10-23 06:52 : スイス二人旅 :

車窓から同時に見た「昼と夜」


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  濃霧のグアルダ無人駅(海抜約1400m余り)にて。

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知人から招待を受けた我々夫婦が、レーティッシュ鉄道に乗って冬のグアルダ村へ出かけて行ったときのことだ。

呪いたくなるほど霧の深い日で、景色はまず望めそうもなかった。

新聞を広げて活字を追っていると、「見てごらん」と夫が声をかけてきた。

外に目をやると、何と信じられないような光景が目に飛び込んできたのだ。

列車の窓から霧の上と下がこれほどハッキリ、同時に見えるなんて初めてのことだったので、私は興奮の坩堝に嵌ってしまった。

それでも素早くデジカメを取り出して写真だけは撮ったのだから、エライ!(笑)




  



  

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雲海の上の抜けるような青空とは対照的に、下の村は夜のように暗い。

滅多に見られない光景なので、ここに貼り付けておくことに。









2020-10-15 08:19 : スイス二人旅 :

マローヤ村の10月の空気は痛いほど澄んでいた

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2015年の10月。 ちょうど今ごろの季節である。

夫と一緒に旅をしたソーリオ村からの帰り道、バスを途中下車して海抜1800m余りの高地にあるマローヤ村に立ち寄った。

マローヤはオーバーエンガディンの西の端っこにある人口300人ほどの小村だが、イタリアの画家ジョバンニ・セガンティーニが愛し描いた村として名が知られるようになった。

アルプスの絵を描かせたら彼の右に出る者はいないと言われたセガンティーニ。
惜しむらくは、わずか41歳という若さで1899年にこの村で亡くなっている。

私たち夫婦がマローヤを訪れた日のチューリヒでは、半そでのTシャツで過ごせるほどの陽気だったらしいが、このマローヤ村では、あちこちの水溜りが薄氷で覆われていた。

痛いほど空気が澄んでいて、山々も樹々も家々も空も、何もかもが透き通って見えた。


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2020-10-10 06:07 : スイス二人旅 :

付き添い役の夫と「山クダラ―」でハイキング


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去年(2019)は体調がよくなかったので、ソロハイキングは諦めていた。
ところが、祖母の遺伝子を受け継いだ脚(←9/20の記事参照)に「山に行こうよ」とシツコクせがまれて(笑)、夫の休暇中に行って来た。

やっぱり山の空気はおいしい! 

澄んだ酸素を身体の隅々まで流し込んできたからだろう。その夜は血管の中に、サラサラと「命」が流れて行くのを感じながら眠りについたのだった。


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(撮影日 2019/10/14)

            
2020-10-03 06:56 : スイス二人旅 :

スイスの東南の果てに ひっそりと佇む「世界遺産」


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晩秋のある日、夫と私は日帰りの旅に出た。

1983年にユネスコ世界遺産に登録された「聖ヨハネ修道院(註1)」を訪ねる旅である。

西暦780年という大昔に建てられた修道院だが、日本ではまだ鎌倉時代でも平安時代でもない。奈良時代にあたる。

ぞれなのに、今でもここで村人たちの冠婚葬祭や日曜ミサなど日常の行事が、ごくごく当たり前のように行われているのだ。日本人の私には驚きである。

さて、その「聖ヨハネ修道院」への行き方だが、まずグラウビュンデン州を走るローカル列車、レーティッシュ鉄道に乗ってツェルネッツ駅で下車。

そこで黄色い車体の郵便バスに乗り換える。このバスはスイス唯一の「国立公園」(註2)の中を走る路線だ。

国立公園の密度の濃い山々の傍を上ったり下ったりしながら走り抜けると、やがて歴史のある宿場町「サンタ・マリア」が見えてくる。

そこからさらに山や森を右に左に見ながら走って行くと、終点のミュスタイア村が現れる。

時代に忘れ去られたような隠れ里風情の谷あいの村、ミュスタイア。
その村の端っこに「世界遺産」に登録されてある「聖ヨハネ修道院」が在る。

イタリアやフランスなどの歴史的な大国にある宗教的な建造物は、何といっても規模が大きい。その威厳に満ちた風格には誰しもが圧倒される。

その上、どの建物も息をのむほどに壮麗で美しい。世界中から数限りない観光客が訪れ賑わう。

しかし、秘境めいた山々を超えたところにあるこの修道院には、煌びやかさもなければ、目がくらむような色彩もない。

くすんだ色の壁、小さい採光窓。
暗くて目が慣れるまでに少し時間がかかった。

だけど、何故か温かい。身体の芯に静かに染み込んでくるような温もりが、ここにはある。

11月というシーズンオフの平日の午後だったせいももちろんあると思うが、我々夫婦がこの世界遺産の礼拝堂に留まっていた30分から40分ほどの間は、夫と私の2人っきり。本当に2人だけだったのだ。

無音 静寂 静謐

私はまったく宗教心のない人間だが、それでも眼を閉じてじっとそこに佇んでいると、私の耳の後ろの方を光の粒子が流れて行くような、音にならない音が聞こえてきた‥‥ような気がした。

私と夫は、礼拝堂から墓地に出てみた。

修道院の壁の遥か向こうでは、初冬の柔らかい日差しを受けて、村がキラキラと白く輝いていた。


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(註1;「Kloster St.Johann Müstair」は、当時のフランク王国のカール大帝(742-814)の命令により建造された。

(註2);スイスの場合「国立公園」の定義は日本のそれとは異なる。人が手を加えておらず自然のままであることが条件。人間が森に入ってキャンプすることは許されない。動物だけが自由に走り回れる森なのだ。

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(写真は2016/11/15撮影)
2020-09-28 23:46 : スイス二人旅 :

ロカルノの秋


今日の写真は、夫と二人でスイスのイタリア語圏にあるロカルノへ出かけて行ったときに写した5枚。

ロカルノは毎年夏に国際映画祭が開催される街として有名だ。

ロカルノの街を見下ろしたときの私の第一印象は「貝殻」。
一瞬、貝殻の形のように見えたのだ。ユニークな地形だと思う。


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この日のお天気はイマイチだったが、それでも折り重なるように連なる藍色の山並みが実に幻想的な風景を醸し出していて、我々夫婦はアルコール抜きで充分酔わせてもらった。
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撮影日 2017/10/26





2020-09-23 00:03 : スイス二人旅 :

ライン川 唯一の滝で涼をとる


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スイスのグラウビュンデン州の岩山に、ひっそりと横たわる小さな湖「トマ湖(or トーマ湖)」。

このトーマ湖から零れ落ちる一滴が「ライン川」となって、スイス、リヒテンシュタイン、オーストリア、ドイツ、フランスの国々を通り抜け、そしてオランダから北海に流れ出る。

全長1230km余りの旅だが、中でもドイツを流れる距離が最も長い。
それだけにライン川とドイツは、切っても切れないほど結びつきが深い。

実は私も日本にいた頃は、ライン川と言えばドイツしか思い浮かばなかった一人だ。

スイスのライン川に情を持つようになったのは、やはりスイスで暮らすようになってからである。というのも、ライン川は夫の母方の故郷を流れる川だからだ。

彼の祖父も定年退職をした後は、お天気さえ好ければライン川に船を浮かべて釣り三昧で過ごしていた。

義母は彼女の夫が亡くなってからは、彼女の故郷にあるライン岸の養老院に入居した。我々夫婦も週末になると彼女に会いに、よくここに通って来たものである。


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(上の写真は義母が子どもの頃に一家で通っていた、ライン岸に聳える教会)

義母が亡くなってからは少しキョリができていたライン川に、私の療養を兼ねて久しぶりに夫と出かけて行ったのは2018年の夏。

のんびりライン下りをたのしませてもらったお陰で、涼風を体中に浴びて「元気」を背負って帰って来ることができた。


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ライン川1230kmの中で滝があるのは、スイスを流れるライン川の中だけ。唯一の滝だから「ライン滝」と呼ばれている。場所はシャフハウゼン州。

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2020-08-31 07:07 : スイス二人旅 :

マッターホルンよ、私はあの日「鬼嫁」に徹すべきだった

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夫と二人でスイス巡りの旅をしたのは2013年の9月。3泊4日の旅程だった。私の希望でコースに入れてもらったのが、マッターホルンを眺めながらの「山クダラー・ハイキング」。

GGB(ゴルナーグラード鉄道)で終点のゴルナーグラート駅(約3100m)まで行き、そこから麓の町ツェルマット(約1600m)までハイキングをする予定だった。


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あの日は、もう9月も下旬に差し掛かっているというのに日差しが強烈で、我々はジリジリと肌に突き刺すような暑さの中を歩くことになった。いわんこっちゃない。リッフェル湖が見えてきたところで、夫に(飲んでいた薬の影響だと思うが)日光アレルギーが出てしまったのだ。

「日陰で休んでいれば治まるよ。湖まで行っといで」と言うので、彼をひとりでGGBのローデンボーデン駅に向かわせ、私は飛ぶような勢いで湖に向かって急坂を下りて行った。何としても湖に映る逆さマッターホルンを撮りたかったのだ。

紺碧の空に無風。撮影条件はそろっている。こんなチャンスを逃がしてなるものか! 私は目を鬼のように吊り上げて、どんどん下りて行った。

湖が一望できる高台まで来たときのことだった。
「待て!」と呼ぶ声がした。私の中の、もう一人の私の声である。

体調を悪くしている彼を一人にしていて、いいわけがない。この人でなし! どうしてきみはそんなにも撮影に固執しなきゃいけないのだ?  きみはスイスに住んでいるんだから、またいつでもここに来れるじゃないか。

その声を聞いていると良心の呵責とやらが入道雲のように湧き上がって来て、自分がだんだん鬼嫁にみえてきたのだ。

湖まで下りて行くにはまだ少し距離がある。私は決心した。引き返そう。

そう決めるが早いか、その高台から湖水に映るマッターホルンめがけて闇雲にシャッターを押しまくり、そのあとは決して後ろを振り返らず夫の待つ駅へと息を切らしながら上って行ったのだった。


早いもので、あの日からもう7年近くが過ぎた。

この際、言わせてもらおう。
いまだにマッターホルンには逢いに行けていないのだ、スイスに住んでいながら(笑)。私自身の今の体調を考えると、この先もあの高さに立つのは(多分)無理だろう。

「いや~、それにしてもあの時は、あそこで鬼嫁をやめるべきじゃなかったんだよな」(^^;

マッターホルンの写真をみるたびに自分を責める私。


写真をみていただければお分かりのように、あの高台から湖水のマッターホルンを見下ろすと、映っているのは首から上だけなのだ。

マッターホルンの肩のあたりの流麗な曲線まで写したかったら、やっぱり湖まで下りて行って撮影しないとダメなのである。



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(今日の写真はすべて2013年9月24日撮影)



2020-08-23 23:15 : スイス二人旅 :
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