新型コロナウイルス・スパイクの変異種


ウイルスにしょっちゅう変異が起きることは誰でも知っている。
新型コロナウイルスでも例外ではない。

しかし最も重要な場所スパイクにさえ変異が起きなければ、深刻にならなくてもよいと聞いていた。

ところが今回は深刻にならざるを得ない事態になってしまった。

そのスパイクの突然変異によっては細胞にくっつきにくくなってしまう場合もあるらしいのだけれど、今回の変異では、我々にとっては不幸なことに(ウイルス側にとっては都合のよいことに)くっつきやすくなってしまった。

これまでだって十分感染力は強烈だったのに、それを超える感染力で増殖なんかされたら、うちら命が幾つあっても足りまへん。


しかし、一つだけ朗報が。
ワクチンには問題ない、つまり効くという専門家たちが多いことだ。

私は大人になってからはワクチンなど打った試しがないのだけれど、今回ばかりは「ワクチン嫌い」では済まされそうにないので受けようと思っている。

でないと、母国日本が月よりも遠い存在になってしまいそうだから。

もっともワクチン接種で、月よりも遠いところに飛ばされてしまうかもしれないというリスクは、この際考えないことにして‥‥。(^^; 



 

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 (羽田空港の滑走路)



 




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 (日本の中央アルプスあたりの山並み? まったく自信なし (^^;)

 


(今日の写真2枚は2015年3月28日、羽田を飛び立って欧州に戻る機内から撮影)
2020-12-22 07:07 : その他 :

【COVID-19 】 日本とスイスで感染者数に大差が出る一つの原因 


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※今日の記事は写真ブログの趣旨から離れますので、コロ合い(^^;をみて削除するつもりです。
そして、途中で放り投げてしまっている もう一つのブログを完成させることが出来たら、そちらに移したいと考えています(まだこんなこと言ってます 苦笑)。

かなり長くなりそうです。お時間のある時にでも読んでいただければ幸いです。

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欧州では今「COVID-19」の第2波、日本では第3波の嵐が吹き荒れている。

昔(例えばサーズの世界的な流行時など)の私なら、近くの町に感染者が出ていても割りと平気でいられた。だが今は、やはり神経質にならざるを得ない。シニアの領域に入っている上に基礎疾患を抱えている。もし感染したとしたら、ひとたまりもないことは、もう明白だからだ。

人生の幕引きをも念頭に置いて、先ずはやるべきことをやっておかないと‥‥と考え始めている(実際には口にするほど簡単なことじゃないのよね、これが 苦笑)。
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スイスはEUに加盟してはいないが、周囲の国々からの越境通勤者は受け入れている。だから、そう簡単にピシャリと国境を閉ざすわけにはいかない。

2020年2月から3月にかけてイタリア北部のロンバルディアン州で感染爆発が起きた時、イタリアからスイスのイタリア語圏への越境通勤者の数は約7万人。同様にフランスからスイスのフランス語圏(ジュネーブなど)へ通勤して来る人の数は約8万5千人。ドイツや他の国からの通勤者もいる。

そんなわけで2月にロンバルディアン州で感染者が急増した時には、スイスにウイルスが雪崩れ込んでくるのも、もう時間の問題だろうと誰もが予想できた。そして、その通りになった。

スイスのティチーノ州は州の東部も西部も南部もイタリアのロンバルディアン州などと隣接している。そのティチーノ州でスイスの感染者第1号が出た日付けを、何故か私は今でも覚えている。2月25日だ。

ご存じのようにスイスは小国である。九州くらいの大きさしかない。その上、平地が限られているのでスイス全国の人口をすべて合わせても、たかだか860万人ほどにしかならない。これは大阪府の人口約882万人に近い数字だ。

それなのに、この小国で10月下旬からこっち1か月と半月余りの間に、感染者数が1万人を超えた日が2度もあった。ここ1週間の感染者数の平均は4,226人で先週の半ばあたりまでは少し減少傾向にあったのだが、また右肩上がりになってきている。

初めて感染者が出た2月25日からの累計で感染者数は 384,557人。亡くなった人の数も累計で 6,166人。

一方、大阪府では14日は100人台だったが、最近の1日あたりの感染者数は200人から400人台といった数字で推移している。で、感染者の累計の方はというと25,816人、亡くなった人の累計は442人。(註:12月16日現在)

繰り返すが、スイスと大阪府の人口はほぼ同じなのだ。なのに大阪府の方が死者数も感染者数も桁違いに少ない。日本とスイスの感染者数にここまで大差がつくのはなぜか?   

生活習慣から文化、人種的な違い、育つ過程で培われた第二の遺伝子ミーム、ウイルス側の変異の差に至るまで、それこそ原因を数えあげたらキリがないほど出てくるだろう。いずれにしても単一ではなく、複合的な要因が絡み合ってこんなに大差がついているのだろうと思われる。

その中でも今回私は、「遺伝子からみた日本人」つまり人種という側面の、そのまた側面(笑)に焦点をあててみたい。

それは何かというと、日本人は欧米人よりも「心配性」であるということ。

ずいぶん昔のニュースなので詳細は覚えていないが、先進国の人たちを対象に英国の研究機関が人種別の気質調査を行ったことがあった。その中で特に印象に残っているのが、「心配性」気質である人が日本人には群を抜いて多かったという点だ。

血液型Aが多いことも一つの原因として挙げられるのではないかと思うが、しかしここでいう血液型とは血液型そのものではない。専門家によると、血液型を決定する遺伝子にその起因があるのだという。

それからこれは過去に読んだ本(そこから引用したくて探したのだが、探す真剣さが足りないからか(^^;まだ見つかっていない)に書かれてあったのだけれど、日本人には神経伝達物質セロトニンのLとSのうちS型構成の人が他の人種よりも圧倒的に多いらしい。それが心配性の因子を誘発されやすくしているというのだが、何となく納得できる。

私はこちらで長く暮らしてきて、その間に様々な体験をしてきた。確かに日本人(もちろん、私も含めて)にはびくびく、おどおどするようなところが多分にあるのではないかと思う。スイス人(私が日々接点を持つのはスイスの中でもドイツ語圏の人たちだけなので、彼らを例にとることに)の多数派は、とにかく肝が据わっている。ちょっとしたことでは、びくつかない。これはもう断言できる。

一つの例として、私には心臓のどこかに炎症があるらしく、しょっちゅう咳が出る。バスや電車など公共の乗り物の中でもお構いなしに出る。いろんな意味で辛い。

ところが私が咳き込んでいても席を立ったりするスイス人は、これまでのところゼロ。私の方が申し訳ない気持ちになって咳をしながら乗客の表情をチラ見したりするのだが、それがどうした、と言わんばかりに平気な顔をしている。もちろん、スイス人の中にも心配したり不安になったりする人がいるに違いないのだが、いてもそれは少数派に属すると思う。

もしこれが日本でだったら不安になって席を移動する人もいる。不愉快な目で私を見る人もいる。実際、一時帰国でインフルエンザが流行していた時に、私が経験したことである。じゃあ私だったら咳をする人を前にして、どういう態度をとるだろう? 恐らく席を立つと思う。やっぱり私も日本人なのだ。心配になる(^^;


それからついでに、最近体験した話しも一つの例として挙げておくことに。 

秋に私が乗っていたバスが野鹿と衝突をした。バスが猛スピードを出して森の中を走っている時に、突然大きな鹿が飛び出してきたのだ。運転席と反対のフロントガラスにぶつかりガラスの一部が、こっぱ微塵に割れてしまった。(曖昧な記憶しかないのだが、激しい音もしたような‥‥。)

で、ぶつかったその瞬間、無意識のうちに小さい体に似合わないほどの大きさで「きゃぁー!」と私の口から悲鳴が飛び出した。乗客は30人余りはいただろうか。女性の方が多かったように思う。それなのに‥‥。

そうなのだ。悲鳴をあげた人は私の他には誰もいなかったのだ(苦笑)。本当に私一人だけだったのである。落ち着いてから自問自答しながら考えてみた。もし乗客が全員日本人女性だったとしたら? 恐らく悲鳴の大合唱が起きていたのではないだろうか? 

現在のスイス人の祖先は、生命の危機に脅かされながら険しい岩山を開拓してきた山岳民族だ。その末裔たちにも「したたかな」血が流れているだろう。生粋のスイス人なら、ちょっとしたことでびくびくしたり怖がったりしない。これはこの時だけじゃなく、いろんな場面で私が体験してきたことを基にしている。

さてここからが、今日の記事のかなめ(笑)。

皮肉なことに彼らのそんなしたたかさや、あまり物おじしない態度こそが、今のようなコロナ禍では災いになっているのだ。

感染予防としては手洗いが最も有効な手段の一つだが、日本人と比べると欧米人の方が手を洗う回数は遥かに少ないように思う。スイス人も例外ではない。

チューリヒ市の中心街には地方から買い物に訪れる人も多いので、さすがに感染者が続いて出た初春にはエタノール類が一時売り切れになったこともあった。が、売り切れは週末の数日だけ。翌週にはすぐに入荷した。それ以後は売り切れたことなど殆どないと思う。

うちから一番近い地方の町の薬局では、ロックダウンになった時ですらエタノールもマスクも山積み状態で、売り切れになったことなど一度もなかった。日本と比較して、それだけ需要が少ないことの証とも受け取れる。

先を急ごう。

不安や心配状態が長引くとストレスを抱え込むことになるので決して良いことではあり得ない。あり得ないのだが、しかし今のような状況下では心配することも「心配力」として、大いに役に立つことに私は気が付いた。

みんなで心配してこの冬を乗り越えることができれば、かならず春は訪れる。

そんなわけで、日本で感染者がこのまま増加して行ったとしても、欧米のように恐ろしい数字にまでは跳ね上がらないと私は予測している。

スイス人よ、今の時期だけで構わないから、日本人の爪のアカでも煎じて飲んで、もう少し心配性を身につけてほしい。(^^;


日本と欧米の感染者数大差の原因に関してだが、私にはもう一つだけ気になることがある。
それは日本では難民や貧しい国からの移民の受け入れが極端に少ないことだ。

COVID-19によるパンデミックが起きるまで、私はベルギーという国のことを殆ど知らなかった。一時、あまりにも感染者が多かったので(確か10万人あたりの感染者数が千人を超えていたような)疑問が湧いてこの国の事情をチェックしてみたことがあったのだ。その結果、難民の受け入れ数の多いことに驚いてしまった。

ベルギーの首都圏だけに限って言えば、シリアやイラクなどからの難民や移民の比率が90%を超える地区が複数もあるというのだ。彼らの寛大さに私はもう何も言えなくなった。

発展途上国や(内戦などで)貧困を極めている国の人たちは、手洗いどころではない。困難な暮らしをしている。どうしても衛生管理が貧弱になってしまう。感染から身を守る手洗いなどを受け入れ国から指示されたとしても、そう簡単には習慣化できない。

スイスは清潔な国だ。レストランやカフェー、公共の場所などのトイレは、日本よりも清潔だと思う。ところが手洗いとなると、日本人よりも遥かに回数が少ないのではないだろうか。

清潔好きな私の夫でさえ外から帰ってきて真っ先に手を洗うという基本的なことが、なかなか身につかなかった。玄関の脇にある下駄箱の上には、これ見よがしにエタノールの大瓶がドカ―ンと置いてある。もちろん私が置いたのだが(笑)。

で、彼が帰宅するや否や「そこで手を消毒してから入ってきて!」と声をかける。夫のセリフはもう決まっている。「日本人はちょっと神経質になり過ぎなんじゃないの?!」。一事が万事こんな調子で、日本人とスイス人では衛生観念が噛み合っていないと痛感することがしょっちゅうある。

先を急ごう(笑)。

貧困国からの難民を多く受け入れているベルギーのような国では尚更のこと、衛生に関する考え方にも大きな開きが出てくるだろう。リスクも増す。一時期のような異常なまでの感染増加もあり得ると私は納得したのだった。

アメリカにしたってそうだ。世界中が寄ってたかってトランプ大統領のせいにしているが(確かにそれも否定はしない)、あれだけの人種の坩堝の中で薬やワクチンなどの打つ手がなければ、誰が大統領であっても爆発的な感染増加を食い止めることなど出来なかっただろうと私は思う。

世界の国々の感染者数の裏には想像以上に複雑な事情がトグロを巻いている。決して一筋縄では行かないのだということを私は改めて学んだ。

日本でも春先にニュースになったと思うが、第1波に見舞われた時、イタリアの北部ロンバルディア州などでは命の選択を強いられるほど医療崩壊が起きていた。いくつかの町では死者の棺の置き場所にも窮するほどだった。

そして、それらの町々にもやっぱり今、第2波が押し寄せている。

私は地区ごとの感染者数、死者数をみて「んっ??」と気になったことがあった。
第1波の時には最悪だった幾つかの地区の死者数が見るからに少なくなっているのだ。

そのグラフの内容を説明してくれた人がこう言った。

「(死者が少ないのは)死ぬべき人たちは、もう(第1波の時に)みんな死んでしまったからだよ」

哀しすぎる現実に、私は胸が詰まった。



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2020-12-16 23:24 : その他 :

深い霧の向こうに何かが見える


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夕べのテレビでの気象予報士の解説によると、冷気をたっぷり含んだビーゼ(北風)が地上に雪崩れ込んでくると、霧はビーゼに追い払われ、上に押し上げられるのだという。

なるほど、そういう自然界の事情が絡んでいたわけだ。

標高600mほどの「おらが村」では数日前までは雲海を見下ろしながらウオーキングが愉しめた。

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けれど、昨日は同じコースを歩いても霧の海の中でリアル視界はほとんど無し。

冷たい空気が霧を上に押し上げたので、低地だけじゃなく「おらが村」も雲海の中に入ってしまったのだ。

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ところが近ごろは面白いことに気付いた。
視界がきかない分、イメージがどんどん膨らみ、ないものまで見えてくるようになってきたのだ(笑)。

大病体験が私に第三の目を開かせてくれたのか?

それとも単なる老化現象に過ぎないのか? (^^; 


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2020-11-30 07:17 : その他 :

観覧車


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作家の辺見庸が観覧車についてこんなことを書いている。


〖円とはじつに奇妙な形である。平面上で定点から等距離にある点の軌跡、または、その軌跡に囲まれた空間を円というのだそうだが、それは後にこしらえた理屈であって、‥‥(略)‥‥円は少なくとも三角形よりはずいぶん早くに、人の心の奥底に消しがたく焼き付けられた形象なのだろう。‥‥(略)‥‥
円はたぶん太古からの記憶なのだ〗
(彼の著書『反逆する風景』より引用)






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2016年の寒い曇り空の日に、チューリヒ湖の見える広場で撮影









2020-11-06 06:20 : その他 :

歩け♪歩け♬


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2020-11-03 07:03 : その他 :

今日から冬時間


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日本とスイスの時差が7時間だった夏時間から、8時間の時差になる冬時間が今日から始まる。

スイスで夏時間が導入されたのは1981年。
それより3年前の国民投票ではスイス人の大半が導入には反対したらしいのだが、スイスは周囲の国々と陸続きであるだけに妥協せざるを得なかったようだ。

それが今、EUでは2021年をもって夏時間を廃止する動きが出ている。

理由は考えられていたほどには省エネ効果がなかったこと。
それに加えて健康上のデメリットも浮上してきた。時間が切り替わるたびに体内時計が狂う人も少なくないらしい。

いずれにしても今日からは冬時間。
日本がお昼12時にはスイスではまだ朝の4時ということになる。

けれど、このブログ記事を書いている今はまだ夏時間。冬時間に切り替わるのは、2時間後の午前3時。この午前3時に時計の針を1時間戻して2時にするわけだ。(^^;

何でこんな中途半端な時間に切り替えるの? 

理由は簡単。一日のうちで人の移動が一番少ない時間帯だからだよ(笑)。



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2020-10-25 05:32 : その他 :

「瞑想」と「迷想」の狭間で



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  (撮影 2015/12/29 裏山にて)  


  


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  (撮影 2017/11/04 裏山にて)


       




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      (撮影 2017/10/22 おらが村の森の道)










2020-10-09 06:34 : その他 :

笑(ショー)休憩

今日の再録記事はこのブログのテーマ『写真の記憶』とは合いません。日にちが経ったらまた箪笥の引き出しに仕舞い込みます。

笑いは百薬の長です。お時間のある時にでもクスッと笑っていただければと思い、1か月ほどそのままにしておきます。すでにお読みになった方はスルーしてね。いえ、また笑って頂いても構わないんですけど。(^^;
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「財団法人日本漢字能力検定協会」主催の「変漢ミスコンテスト」が好きで、毎回お邪魔しては笑わせてもらっていた。それだけに、コンテストが終了したときには、しょんぼり。

「笑(ショー = ショウ)がないなぁ」と、あっさりゴミ箱送りにするのはもったいない。

以下は書き写しておいた「変漢ミスコンテスト」から、ホンの笑々ではあるが、笑いのおスソ分け。
____________________
【 註】
以下の(正)の表示のある部分は、正しい変換。
(ミス)の表示は、変換ミス。
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(正)⇒今年から海外に住み始めました。



(ミス)⇒今年から貝が胃に住み始めました

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(正)⇒ 5季ぶり快勝。     



(ミス)⇒ ゴキブリ解消。

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(正)⇒ イブは空いています。   



(ミス)⇒ イブは相手います。

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(正)⇒ 規制中で渋滞だ。     



(ミス)⇒ 寄生虫で重体だ。

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(正)⇒ うちの子は耳下腺炎でした。    



(ミス)⇒ うちの子は時価千円でした。

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(正)⇒ この度、高知へ赴くことになりました。   



(ミス)⇒ この度、拘置へ赴くことになりました。

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(正)⇒ 500円でおやつ買わないと。    



(ミス)⇒ 500円で親使わないと。

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(正)⇒ その辺たいへんでしょ?     



(ミス)⇒ その変態変でしょ?

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(正)⇒ 今日も飲み会かい?     



(ミス)⇒ 今日も蚤かいかい?

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(正)⇒ だいたいコツがつかめると思います。



(ミス)⇒ 大腿骨がつかめると思います

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(正)⇒ 誰かビデオとってるやついないか?  



(ミス)⇒ 誰か美で劣ってるやついないか?

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(正)⇒今日は見に来てくれて有難う。  



(ミス)⇒今日はミニ着てくれて有難う。

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(正)⇒ 八日以後お願いします。    



(ミス)⇒ 要介護お願いします。

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(正)⇒味気ないというか、あったかみがない。



(ミス)⇒味気ないというか、あった髪がない。

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(正)⇒ 神の存在は信じないし、不幸とも思わない。  




(ミス)⇒ 紙の存在は信じないし、拭こうとも思わない。

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おそまつでした。


2020-09-22 00:29 : その他 :

私の脚力は 祖母からの隔世遺伝


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私の大きな楽しみのひとつが歩くこと。
これは(母方の)祖母から譲り受けた隔世遺伝によるものだと私は思っている。

祖母は用事があろうとなかろうと(大抵はあるのだが)、89歳で亡くなる1年前まで猿のように急坂の山道を地下足袋を履いて、ほぼ毎日、上り下りしていた。

当時まだ子どもだった私は、そんな祖母のことを冷たい目線でみていたものである。

しかし今なら理解できる。兄弟姉妹の中で私だけが祖母の、その脚力遺伝子を受け継いでいるらしいことが判ってきたからだ。

健康のためとか痩せるためとか、そんな看板を掲げる前に、とにかく足が動き出すのである。もう祖母の遺伝子に操られているとしか言いようがない。(^^; 

日本で暮らしていた若い頃は、東京の或る山岳会に所属していた。
しょっちゅう仲間と山に入っていたし、日和田や鷹取の登攀練習場にもよく通っていた。

ところがである。
山だらけのスイスに来たとたんに、山に対する興味が失せてしまったのである。

当時は、なんでや?と腑に落ちず自分が解せなくなったりしたものだけど、今ならかなりのところまで自己分析できる。

海の近くで育った私には山だけに囲まれた自然環境に閉塞感を覚えるようになったのではないかな? それが私を山から遠ざける一つの(あくまでもひとつの)原因になったのではないかと‥‥。観光で訪れるのと定着して住むのとでは全然違うからね。

スイスで旅やハイキングに目覚めたのは、50代で大病(急性心筋梗塞)をしてからのこと。 スイスって何て美しい国なんだ!と病気に気付かせてもらったようなものだ(笑)。

冬眠中だった祖母譲りの遺伝子が、病気に揺り動かされて再び起き上がってきたのだろうと思う。

もう冒険はできないが、山を歩きたい気持ちだけは常にある。持病のため「山ノボラ―」は無理でも「山クダラ-」ならできる。

ここでは詳しくは書かないが、上りと下りでは酸素の消費量が、私の想像を遥かに超えていたのにはびっくり。これは大病によって齎された新鮮な驚きだった。

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  トップの写真と↑この写真は2014/09/26 Lenzerheideにて撮影



2020-09-20 08:00 : その他 :

チューリヒ旧市街 その陰影




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下の写真はチューリヒ生まれの教育家、ペスタロッチ(1746-1827)の銅像。
銅像の背後には、ペスタロッチの業績とはミスマッチなデパートの垂れ幕が下がっている。それが面白くてシャッターを押した1枚。(^^;


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(撮影日 2016/05/26)



2020-09-17 05:37 : その他 :
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