一人の青年とラントヴァッサー橋の思い出




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旅好きの私にとっては「ラントヴァッサー高架橋」(註:1)は、これまで何度も通っている馴染みの撮影スポットだ。

通るたびにシャッターを押してきたのだが、かなしいかな、まともな写真が撮れたためしがない。(^^;

今度こそは!と、この日は心にハチマキを締めて席を立った。最後の車両の乗車口へ移動するためだ。。

右に左に揺れる山岳地帯特有の不安定な列車の中でよろめきながらも、どうにか最後の車両まで辿り着いた。

うまく撮れますようにと祈るような気持ちで最後のドアを開くと、ガクッ。 
ニコンのデジカメを首にかけた先客がすでに待機しているではないか。写真マニアとおぼしき若い男性である。

心の裏側では泣きべそをかきながらも思いっきりフレンドリーに、「グリュエッツィー(スイスドイツ語で「こんにちは」)」と声をかけてみた。彼もすぐに爽やかな笑顔で挨拶を返してくれた。

だけど残念ながら、ここの窓は2人が肩を並べて撮るには狭すぎる。
しょうがない。

「すてきな写真が撮れますように」
そう言って私は踵を返そうとした。

「あっ、待ってください。ここで撮っていいですよ」
私に撮影場所を譲ってくれるというのだ。

「有難う。でも、あなただって撮りたくてここに来たんでしょ? 先に来たあなたに優先権がありますから、私は別のところを探します」そう遠慮する私に、彼はやっぱり譲ろうとする。

「私は地元の人間です。今日は仕事が休みなので一日中撮影できます。だから今回は、あなたがどうぞ」

何て寛大な人だろう。いくら地元の人とはいえ、もし仮に私が彼だったらどうだろう。譲ることができただろうか? 多分、ノーだろうな。

だとすると、私はこの申し出を受けるに値する人間とは言えないんじゃ? 

やっぱり断ろうと思った。

それなのに(あ~おそろしや)口を突いて出たのは本音丸出しの言葉だったのだ。
「有難う! それじゃ今回は喜んであなたのご親切をお受けしますね」



あれから5年が過ぎたが、今でもラントヴァッサー橋の写真を見るたびに、私の心の内を察して機会を与えてくれた、あの青年の爽やかな笑顔が思い出される。

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【註1】「ラントヴァッサー鉄道高架橋(Landwasser Viaduct)」に付いて

レーティッシュ鉄道のアルブラ線とベル二ナ線が通る路線にかかる、石灰岩でできた気品のある高架橋。高さは65m。もちろん氷河急行もこの橋を通る。

この区域には55もの石の橋がかかっている。その中でもこのラントヴァッサー峡谷の建造は困難を極めたらしい。今から117年前に完成。

山岳地帯特有の美しい風景も含めて、この区域は2008年にユネスコ世界遺産に登録された。


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2020-11-12 08:34 : スイスの鉄道 :
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