生モミの木のクリスマスツリー

2年前に一度公開した記事だが、ちょうど今、隣町の広場で生モミの木の販売が行われているので、この機会に再更新しておきたい。

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スーパーマーケットでは、もう2週間も前から売られている生のモミの木。うちの隣り町では今日が売り出しの初日。そしてイブの日が最終日になる。

今日は新鮮なモミの木の香りに浸りたくて、わざわざバスで販売所の広場まで出かけて行った。

木々の間をゆっくりゆっくり深呼吸しながら歩いていると、モミの木の上品な青い芳香が立ち上がってくるのが分かる。それを吸い込むたびに幸せホルモンが増殖していく。

今度は風下に立って目を閉じてみる。
深呼吸をするたびに身体が軽くなっていく。

私はもう森の中にいる。(^^;
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モミの木はサイズだけでなく、枝や葉のつき具合によっても値段が違ってくるらしい。2メートルくらいの高さで、円に換算すると6千円から8千円くらいかな。

バスの中にも持ち込めるように、ネットに入れてコンパクトに束ねてもらえる。

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でもやっぱり大きいや。私には抱えきれない。もちろん1mくらいのもある。
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ここのモミの木マーケットでは木彫りの作品も売っている。

作者は下の写真の男性。1枚目の写真の撮影は2013年の12月21日。
その下の写真は、5年後の2018年12月20日に再び彼を撮影。 

5年なんてあっという間に過ぎるような気がするのだけれど、それでも写真を見比べてみると、やっぱりそれなりの歳月を感じる。

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下の写真の鷲(or 鷹?)の彫刻は、まだ彫り始めたばかりで未完成だという。
夕べは夜なべをして彫っていたと彼。

顔を近づけて鼻をクンクンさせてみた。
ヒヤ~、いい香り(^^♪
だけど、どう表現すればいいんだ?
割ったばかりの薪の匂いとはまた違う。
何か甘い香りが入っている。
それも透明な甘さだ。 
深い森の中の朝の空気に青緑色のそよかぜが融け込んだ甘さというか‥‥。
≪ずっと傍でこの香りに浸っていたい≫
そんな気持ちにさせてくれる甘さでもある。

木の名前を彼に訊くと「赤モミの木」という答えが返ってきた。
小さく見えるが、180cmはあるだろう。もちろん、私より遥かに高い。

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        下の作品は完成品。        

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2020-12-19 07:43 : 暮らしの写真 :

すっかり雪が解けて 寒さが一段落

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「記録的な大雪 1000台立ち往生」という日本のニュースをYouTubeで観たのだが、一瞬にして車が埋まってしまうほどの激しい降雪に、改めて自然の脅威を感じた。


この冬「おらが村」で初雪をみたのは12月1日。その後、もう一度雪が降って冬らしい風景が続いていたのだけれど、先日の火曜日には寒気団がしりぞき雨になり雪も解けてしまった。

そり遊びができなくなって、村の子どもたちは皆、肩を落としている。




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撮影日:2020/12/17(木)




2020-12-18 06:38 : 暮らしの写真 :

【COVID-19 】 日本とスイスで感染者数に大差が出る一つの原因 


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※今日の記事は写真ブログの趣旨から離れますので、コロ合い(^^;をみて削除するつもりです。
そして、途中で放り投げてしまっている もう一つのブログを完成させることが出来たら、そちらに移したいと考えています(まだこんなこと言ってます 苦笑)。

かなり長くなりそうです。お時間のある時にでも読んでいただければ幸いです。

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欧州では今「COVID-19」の第2波、日本では第3波の嵐が吹き荒れている。

昔(例えばサーズの世界的な流行時など)の私なら、近くの町に感染者が出ていても割りと平気でいられた。だが今は、やはり神経質にならざるを得ない。シニアの領域に入っている上に基礎疾患を抱えている。もし感染したとしたら、ひとたまりもないことは、もう明白だからだ。

人生の幕引きをも念頭に置いて、先ずはやるべきことをやっておかないと‥‥と考え始めている(実際には口にするほど簡単なことじゃないのよね、これが 苦笑)。
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スイスはEUに加盟してはいないが、周囲の国々からの越境通勤者は受け入れている。だから、そう簡単にピシャリと国境を閉ざすわけにはいかない。

2020年2月から3月にかけてイタリア北部のロンバルディアン州で感染爆発が起きた時、イタリアからスイスのイタリア語圏への越境通勤者の数は約7万人。同様にフランスからスイスのフランス語圏(ジュネーブなど)へ通勤して来る人の数は約8万5千人。ドイツや他の国からの通勤者もいる。

そんなわけで2月にロンバルディアン州で感染者が急増した時には、スイスにウイルスが雪崩れ込んでくるのも、もう時間の問題だろうと誰もが予想できた。そして、その通りになった。

スイスのティチーノ州は州の東部も西部も南部もイタリアのロンバルディアン州などと隣接している。そのティチーノ州でスイスの感染者第1号が出た日付けを、何故か私は今でも覚えている。2月25日だ。

ご存じのようにスイスは小国である。九州くらいの大きさしかない。その上、平地が限られているのでスイス全国の人口をすべて合わせても、たかだか860万人ほどにしかならない。これは大阪府の人口約882万人に近い数字だ。

それなのに、この小国で10月下旬からこっち1か月と半月余りの間に、感染者数が1万人を超えた日が2度もあった。ここ1週間の感染者数の平均は4,226人で先週の半ばあたりまでは少し減少傾向にあったのだが、また右肩上がりになってきている。

初めて感染者が出た2月25日からの累計で感染者数は 384,557人。亡くなった人の数も累計で 6,166人。

一方、大阪府では14日は100人台だったが、最近の1日あたりの感染者数は200人から400人台といった数字で推移している。で、感染者の累計の方はというと25,816人、亡くなった人の累計は442人。(註:12月16日現在)

繰り返すが、スイスと大阪府の人口はほぼ同じなのだ。なのに大阪府の方が死者数も感染者数も桁違いに少ない。日本とスイスの感染者数にここまで大差がつくのはなぜか?   

生活習慣から文化、人種的な違い、育つ過程で培われた第二の遺伝子ミーム、ウイルス側の変異の差に至るまで、それこそ原因を数えあげたらキリがないほど出てくるだろう。いずれにしても単一ではなく、複合的な要因が絡み合ってこんなに大差がついているのだろうと思われる。

その中でも今回私は、「遺伝子からみた日本人」つまり人種という側面の、そのまた側面(笑)に焦点をあててみたい。

それは何かというと、日本人は欧米人よりも「心配性」であるということ。

ずいぶん昔のニュースなので詳細は覚えていないが、先進国の人たちを対象に英国の研究機関が人種別の気質調査を行ったことがあった。その中で特に印象に残っているのが、「心配性」気質である人が日本人には群を抜いて多かったという点だ。

血液型Aが多いことも一つの原因として挙げられるのではないかと思うが、しかしここでいう血液型とは血液型そのものではない。専門家によると、血液型を決定する遺伝子にその起因があるのだという。

それからこれは過去に読んだ本(そこから引用したくて探したのだが、探す真剣さが足りないからか(^^;まだ見つかっていない)に書かれてあったのだけれど、日本人には神経伝達物質セロトニンのLとSのうちS型構成の人が他の人種よりも圧倒的に多いらしい。それが心配性の因子を誘発されやすくしているというのだが、何となく納得できる。

私はこちらで長く暮らしてきて、その間に様々な体験をしてきた。確かに日本人(もちろん、私も含めて)にはびくびく、おどおどするようなところが多分にあるのではないかと思う。スイス人(私が日々接点を持つのはスイスの中でもドイツ語圏の人たちだけなので、彼らを例にとることに)の多数派は、とにかく肝が据わっている。ちょっとしたことでは、びくつかない。これはもう断言できる。

一つの例として、私には心臓のどこかに炎症があるらしく、しょっちゅう咳が出る。バスや電車など公共の乗り物の中でもお構いなしに出る。いろんな意味で辛い。

ところが私が咳き込んでいても席を立ったりするスイス人は、これまでのところゼロ。私の方が申し訳ない気持ちになって咳をしながら乗客の表情をチラ見したりするのだが、それがどうした、と言わんばかりに平気な顔をしている。もちろん、スイス人の中にも心配したり不安になったりする人がいるに違いないのだが、いてもそれは少数派に属すると思う。

もしこれが日本でだったら不安になって席を移動する人もいる。不愉快な目で私を見る人もいる。実際、一時帰国でインフルエンザが流行していた時に、私が経験したことである。じゃあ私だったら咳をする人を前にして、どういう態度をとるだろう? 恐らく席を立つと思う。やっぱり私も日本人なのだ。心配になる(^^;


それからついでに、最近体験した話しも一つの例として挙げておくことに。 

秋に私が乗っていたバスが野鹿と衝突をした。バスが猛スピードを出して森の中を走っている時に、突然大きな鹿が飛び出してきたのだ。運転席と反対のフロントガラスにぶつかりガラスの一部が、こっぱ微塵に割れてしまった。(曖昧な記憶しかないのだが、激しい音もしたような‥‥。)

で、ぶつかったその瞬間、無意識のうちに小さい体に似合わないほどの大きさで「きゃぁー!」と私の口から悲鳴が飛び出した。乗客は30人余りはいただろうか。女性の方が多かったように思う。それなのに‥‥。

そうなのだ。悲鳴をあげた人は私の他には誰もいなかったのだ(苦笑)。本当に私一人だけだったのである。落ち着いてから自問自答しながら考えてみた。もし乗客が全員日本人女性だったとしたら? 恐らく悲鳴の大合唱が起きていたのではないだろうか? 

現在のスイス人の祖先は、生命の危機に脅かされながら険しい岩山を開拓してきた山岳民族だ。その末裔たちにも「したたかな」血が流れているだろう。生粋のスイス人なら、ちょっとしたことでびくびくしたり怖がったりしない。これはこの時だけじゃなく、いろんな場面で私が体験してきたことを基にしている。

さてここからが、今日の記事のかなめ(笑)。

皮肉なことに彼らのそんなしたたかさや、あまり物おじしない態度こそが、今のようなコロナ禍では災いになっているのだ。

感染予防としては手洗いが最も有効な手段の一つだが、日本人と比べると欧米人の方が手を洗う回数は遥かに少ないように思う。スイス人も例外ではない。

チューリヒ市の中心街には地方から買い物に訪れる人も多いので、さすがに感染者が続いて出た初春にはエタノール類が一時売り切れになったこともあった。が、売り切れは週末の数日だけ。翌週にはすぐに入荷した。それ以後は売り切れたことなど殆どないと思う。

うちから一番近い地方の町の薬局では、ロックダウンになった時ですらエタノールもマスクも山積み状態で、売り切れになったことなど一度もなかった。日本と比較して、それだけ需要が少ないことの証とも受け取れる。

先を急ごう。

不安や心配状態が長引くとストレスを抱え込むことになるので決して良いことではあり得ない。あり得ないのだが、しかし今のような状況下では心配することも「心配力」として、大いに役に立つことに私は気が付いた。

みんなで心配してこの冬を乗り越えることができれば、かならず春は訪れる。

そんなわけで、日本で感染者がこのまま増加して行ったとしても、欧米のように恐ろしい数字にまでは跳ね上がらないと私は予測している。

スイス人よ、今の時期だけで構わないから、日本人の爪のアカでも煎じて飲んで、もう少し心配性を身につけてほしい。(^^;


日本と欧米の感染者数大差の原因に関してだが、私にはもう一つだけ気になることがある。
それは日本では難民や貧しい国からの移民の受け入れが極端に少ないことだ。

COVID-19によるパンデミックが起きるまで、私はベルギーという国のことを殆ど知らなかった。一時、あまりにも感染者が多かったので(確か10万人あたりの感染者数が千人を超えていたような)疑問が湧いてこの国の事情をチェックしてみたことがあったのだ。その結果、難民の受け入れ数の多いことに驚いてしまった。

ベルギーの首都圏だけに限って言えば、シリアやイラクなどからの難民や移民の比率が90%を超える地区が複数もあるというのだ。彼らの寛大さに私はもう何も言えなくなった。

発展途上国や(内戦などで)貧困を極めている国の人たちは、手洗いどころではない。困難な暮らしをしている。どうしても衛生管理が貧弱になってしまう。感染から身を守る手洗いなどを受け入れ国から指示されたとしても、そう簡単には習慣化できない。

スイスは清潔な国だ。レストランやカフェー、公共の場所などのトイレは、日本よりも清潔だと思う。ところが手洗いとなると、日本人よりも遥かに回数が少ないのではないだろうか。

清潔好きな私の夫でさえ外から帰ってきて真っ先に手を洗うという基本的なことが、なかなか身につかなかった。玄関の脇にある下駄箱の上には、これ見よがしにエタノールの大瓶がドカ―ンと置いてある。もちろん私が置いたのだが(笑)。

で、彼が帰宅するや否や「そこで手を消毒してから入ってきて!」と声をかける。夫のセリフはもう決まっている。「日本人はちょっと神経質になり過ぎなんじゃないの?!」。一事が万事こんな調子で、日本人とスイス人では衛生観念が噛み合っていないと痛感することがしょっちゅうある。

先を急ごう(笑)。

貧困国からの難民を多く受け入れているベルギーのような国では尚更のこと、衛生に関する考え方にも大きな開きが出てくるだろう。リスクも増す。一時期のような異常なまでの感染増加もあり得ると私は納得したのだった。

アメリカにしたってそうだ。世界中が寄ってたかってトランプ大統領のせいにしているが(確かにそれも否定はしない)、あれだけの人種の坩堝の中で薬やワクチンなどの打つ手がなければ、誰が大統領であっても爆発的な感染増加を食い止めることなど出来なかっただろうと私は思う。

世界の国々の感染者数の裏には想像以上に複雑な事情がトグロを巻いている。決して一筋縄では行かないのだということを私は改めて学んだ。

日本でも春先にニュースになったと思うが、第1波に見舞われた時、イタリアの北部ロンバルディア州などでは命の選択を強いられるほど医療崩壊が起きていた。いくつかの町では死者の棺の置き場所にも窮するほどだった。

そして、それらの町々にもやっぱり今、第2波が押し寄せている。

私は地区ごとの感染者数、死者数をみて「んっ??」と気になったことがあった。
第1波の時には最悪だった幾つかの地区の死者数が見るからに少なくなっているのだ。

そのグラフの内容を説明してくれた人がこう言った。

「(死者が少ないのは)死ぬべき人たちは、もう(第1波の時に)みんな死んでしまったからだよ」

哀しすぎる現実に、私は胸が詰まった。



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2020-12-16 23:24 : その他 :

シュトレンと霜を纏った丸太と3本の白樺のキャンドル


          ドイツのクリスマスの伝統的なお菓子「シュトレン」
          
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          シュトレンとは異母姉妹の(^_-)-☆霜をまとった丸太

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今年も無精を決め込み、アドベンツクランツは作らなかった我が家。
その代わり昨日の日曜日には3本の白樺のろうそくを立ててお祝いをした。(^^;


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2020-12-14 07:09 : 暮らしの写真 :
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